2010年9月30日木曜日

「患者中心の医療の方法 ③」

「咳が出る」との訴えで受診した患者さんを担当したある日のこと、詳しく症状の経過を確認すると診断は風邪で間違いなさそうでした。しかし、どこか浮かない表情の患者さんに「咳の原因は何だと思いますか?」と尋ねると、「肺癌だろ?周りがみんな癌で死んでいったんだ!隠さずに教えてくれよぉ~…まだ死にたくないんだよ。頼むよ先生!」と鬼気迫る勢いで詰め寄られました。もしこの秘めた苦しみに気付くことなく風邪薬だけを処方してこの日の診察を終えていたら、この患者さんはその後どうなっていたでしょう。
今回は、患者中心の医療の方法の1番目の構成要素「疾患と病気の両方の経験を探る」について書いてみます。
ある健康問題を抱えた患者さんが医療機関を受診したとき、家庭医はまずその人の問題を「疾患」と「病気」とに区別し、それらの両面から患者さんの経験を探ります。「疾患」とは医学的に身体に起こっている変化のことで、風邪や肺癌などの「診断名」と言い換えてもいいでしょう。現代まで続いている医学的アプローチの中心的部分は、まさにこの「疾患(診断名)」が何かを突き止めるために問診・診察・検査をおこない、その結果たどりついた診断名に応じた治療をおこなうというものでした。しかし、実際の診療の現場では必ずしもこの診断名までたどりつかないこともありますし、たとえ診断がついたとしても同じ疾患の人すべてに同じことが起こっているわけではありません。そこで家庭医は、病んでいる人それぞれが個別に抱える苦しみ、つまりその人がどのように問題を解釈し、どのような期待をもって医療機関を訪れ、どんな感情で、どんな影響を恐れているのかという個々の「病気」の経験を探ることも、「疾患」を探ることと同様に重視します。時に「病気」を探ることがメインになることもあります。まさに冒頭の肺癌を心配して訪れた患者さんがそうでした。

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